うえを向いてあるこう

 

上を向いて歩こOh

 

 

 

 巨人・大鵬・卵焼きの時代には、さほど目立たなかった二遊間が今熱い。

 

 代表格はムネリンこと、ソフトバンクの川崎とロッテの西岡。WBCのコンビだ。同一チームでは何と言っても中日の井端と荒木だろう。あわやセンター前へ抜けようかと言う当りを、セカンド荒木が横っ飛びに捕球する。崩れた体勢のままトスしたボールを、ショート井端が矢のように送球してセカンドゴロに屠ったシーンは圧巻だった。

 

 阿吽の呼吸はバッテリー以上かもしれない。絵になるダブルプレーを絵にする快感が、当事者同士を忘我の境地に誘い込むのであろう。筆舌に尽くしがたい何ものかが、時折、神懸りのプレーを呼ぶのだ。

 

 

 22回卒の及川和英君は一年生からセカンドベースマン。根っからのゲッツーメーカーだ。ショートストップに釜石君と言う人材を得てからは、水を得た魚のように敏捷なプレーが際立った。

 

「兎に角、目をつぶって投げても必ずそこにアイツのグラブがあったな」

 

先日酒席を同じくした及川君が、酒に酔ったのか、思い出したゲッツーの感触に酔ったのか、陶然とした眼差しで訥々と語ってくれた。

 

「ことごとく決めたね」

 

 

直接聞いた訳ではないが、東都二部リーグの国学院大に進んだ当時のエース石井君が、内野守備に泣かされる度に、及川・釜石のトランジスタコンビに思いを馳せたと言うから、その守備力には相当定評があったのだろう。しかし、定期戦のプレーに思い出すには、余りにも時の彼方の出来事になってしまった。

 

 

 及川君には55回卒業の長男考人君がいる。父と同じ仙台二高のユニフォームに袖を通し、背番号も同じ「4」。それでも、俊足巧打を誇った自分の現役時代とは比べものにならないと厳しい口振りだった。現在は新潟大学3年生。スパイクを脱いだ足でステップを踏んでいると言う。父の体形からは想像もつかないモダンダンスの世界で頂点を目指しているそうだ。

 

 息子を語る及川君の眼差しはメロメロだ。22回卒も、オヤジ周波数を発信する帯域に入ったと見なければならない。

 

 

 県下でも五指に入る好投手と謳われた石井・横田両君はどうなのだろう。当時、八重樫を擁して甲子園に駒を進めた仙台商業の荒井監督をして、二人のいずれかが居れば全国制覇も夢ではなかったと言わしめた逸材も、既に記録の中に青春を凍結させている。

 

 

 画一化教育の申し子のような我々には、丹念に上と下とを見る習慣が身に付いた。会社組織でもその技は遺憾なく発揮され現在がある。定期戦カルテットの石井・及川・釜石・横田の四人組にしてもそうだろう。

 

 が、上に牙を向き下を睥睨した自然児の時代も一瞬ではあるが存在していたのだ。

 

 今となっては、己を突き動かした何かが何であったのかさえ思い出せない。又、思い出しても詮無いことだ。ほろ苦いノスタルジーがあればいい。せめて涙がこぼれないように、上を向いて江尻を応援しよう。

 

6月23日イースタンリーグのヤクルト戦では勝ち投手になった。一軍登録間近!!か。

 

 

平成18628日  齋藤 茂

 

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