自ら描いたバイオリズム曲線

 

自ら描いたバイオリズム曲線

 

 

 

 休日には新緑がまぶしい広瀬川河畔のウォーキングを楽しむようにしている。歩くことはいいことだ。国見ヶ丘の我が家から牛越橋の遊歩道入口まで40分。遊歩道の1キロに10分掛けて澱橋までやってくる。二高前から県美術館の脇まで来るともう汗だくだ。

 

汗を拭き拭きまた牛越橋へ下りてくる。ここからは難行苦行だ。唸り坂、国見峠の仏舎利の坂を登って我が家まで、休日のウォーキングは2時間に及ぶ。御陰で健康、酒も旨い。

 

 

澱橋に差し掛かると決まって江尻のことを思い出す。澱橋も広瀬川の瀬音も結果的に共有した仲だ。中山の江尻と子平町の自分、今で言う北学区育ちである。他は大橋組と中の瀬橋組に分かれるのか。当時の面影を残すのは大橋と澱橋だけになってしまった。

 

二年前、江尻が来仙した折に、二高のグラウンドを訪れると言う設定で取材をしたことがある。江尻と同期の桐ヶ窪君、26回の阿部孝一君も駆けつけてくれた。取材後に、阿部君の案内で入った東北大構内の高級レストラン。知る人ぞ知るVIP対応の店だった。

 

 

ここで、長町在住南学区代表の阿部君を前に、江尻と仙台南北異人種論をひとしきり。

 

「今でもそうなんですけど、住んでる所に坂がないと自分は拍子抜けなんすよね」と江尻。当時は大いに同調したものだが、南にも八木山の歴とした坂がある。つい最近の散歩で漸く、そのことに気が付いた。江尻も自分も元茶畑の一高近辺の平地を、仙台南部のイメージとして強烈に持っていたことになる。同じ思い違いをしていたことに、つい苦笑いが出てしまった。おそらく江尻は自分の勘違いにはまだ気付いていないだろう。

 

 

戦いのさなかの江尻に敢えて教えてやろうとは思わない。故郷の味が身に染みるようでは、戦わずして負けているようなものである。

 

5月20日、セパ交流戦対広島2回戦。江尻は広島市民球場のマウンドに立っていた。土と天然芝のグラウンドは、昨年7月、6勝目を上げた甲子園球場以来のはずだ。

 

 

1回裏、広島先頭の東出が、江尻の外角スライダーを流し打った。技ありの当たりは人工芝で跳ね返ったような高いバウンドで3塁手小笠原の頭を越えた。2番梵(そよぎ)当然の送りバント。小飛球で掴んだ江尻が、しめたとばかりに1塁へ送球。ダブルプレーだ。仙台で誼を通じた3番嶋を外角のスライダーで空振りの三振に屠り、小走りでベンチに駆け戻る。まずは、広島のエース黒田と互角の立ち上がりだった。

 

2回、3回は2アウトからランナーを許すも、後続を断って危なげなく乗り切る。4回は4番新井をこの日2つ目の三振に切って取るなど、4・5・6番を得意のスライダーで三者凡退に撫で切った。

 

 

好事魔多し。5回、この回先頭の7番末永に、外角にストンと落ちるフォークボールを片手でライト前に運ばれた。打った末永を誉めるべきだろう。続く8番倉にもライト前へ狙い打たれ、絵に描いたようにエンドランを決められる。ノーアウトランナーは3塁1塁。9番黒田の送りバントの送球の間に、3塁ランナー末永が好走塁を見せて、まず1点。2アウト後、バッターは2番伏兵梵。外角に甘く入ったスライダーをレフトスタンドに運ばれてしまった。ホームランバッターじゃないっちゅうに!この2ランホームランで3対0。当然の降板指令だ。結果は5対3で今季3敗目。敗因はバイオリズム曲線を自ら下降させてしまった江尻本人に聞いて欲しい。こいつに限ってホームランはないだろうと思うこと自体、まさに致命的な勘違いだ。

 

平成18524日  斉藤 茂

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