原風景は背番号「1」

 

原風景は背番号「1」

 

 

 

 駆出しの実況アナは、よくキャッチャーフライと外野フライを見間違う。中継ブースの位置にもよるが、ボールの行方を気にする余り、視界から早々と野手の動きを切ってしまうからだ。ならば、中継モニターを見ながら実況すればいいかと言うと決してそうではない。結果をなぞる実況と、結果を求めてそのシーンにアナウンサー自身が入り込んで行く実況とでは、その迫真の度合いに雲泥の差が生じる。勿論、後者の割合が多ければ多い程、その中継は面白くなる。

 

では、局面を支配するのは映像か実況か?

 

同じ目標に向って全く内容の違う分野を担っている両者を、本来は比較出来ない。一瞬一瞬、結果の積み重ねの中で交差する両者をどう捉えるかだ。外れの時は目も当てられないが、嵌った時の相乗効果には、えも言われぬ快感が伴う。これが野球中継の醍醐味。スタッフの力こぶは、この為なのである。 

 

バッテリーにしても同じことが言えるだろう。が、江尻はキャッチャーのサインに無表情にうなずくだけ。首を振らないことは実況でも取り沙汰された。「野球はオートメーションじゃ出来ませんよ」と酷評したのは、阪神時代に左の中継ぎとして修羅場をくぐった野球解説者の福間納(ふくまおさむ)。数の有利さから言っても、バッテリー対バッターの構図を引くのが賢明なはずだ。 

 

「打たれた時にすべて自分の責任になるように」との答えが、江尻本人から帰ってきた。江尻特有の気配りなのであろうが、プロの世界、このような綺麗事が罷り通る程、甘いものとは思えない。

 

5月1日、札幌ドーム、対オリックス8回戦。1回表、カウント2&3から先頭の大西に2塁打を許す。2番早川・3番谷を連続三振に切って取るも、4番ブランボーに、初球の外角ストレートをセンター前へ運ばれて1点を献上した。2回、3回、4回と無難に0を並べて迎えた5回表、この回先頭の7番阿部の当りは、マウンドの江尻を強襲してセンター前へ。1アウトから9番的山に四球を与えて、ランナーは2塁・1塁。打球がかすめていった右手人差し指をしきりに気にする江尻。その初球外角ストレートを、1番大西が逆らわずにライト前へ巧打。文句なしのヒットが稲葉の好捕に阻まれる。飛び出した1塁ランナー的山を塁上に刺してダブルプレーが成立した。5回74球を投じて、被安打5、自責点1、敢えてこれを薄氷の3勝目と言っておきたい。 

 

納得の投球でなければ腕が振れない自分を、江尻は充分に知っているはずなのに、キャッチャーのサインを鵜呑みにして投げる姿がどうしても解せない。美しき誤解が悲惨な結果に豹変しないことを祈るのみだ。

 

『もう誰も助けてくれぬマウンドに背番号1風はらませて・・・。』

 

俵万智が甲子園を詠んだ歌である。孤高のマウンドに仁王立ちしていた君の原風景を思い出して欲しい。

 

いよいよ阪神戦から交流戦。鳥谷との対決が楽しみなはずだ。マスコミの関心が群がるマウンドで効果的な売名行為を期待している。次回登板は7日が濃厚。

 

東北朝日プロダクション  斎藤 茂

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